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福岡高等裁判所那覇支部 昭和50年(ラ)4号 決定 1975年8月08日

抗告人 松原登志雄(仮名)

昭五〇・三・二四生

右法定代理人親権者父 青山陽一郎(仮名)

主文

原審判を取消す。

本件を那覇家庭裁判所に差戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告人代理人提出の抗告状記載のとおりてあるから、ここにこれを引用する。

二  よつて、一件記録により検討すると、抗告人の父青山陽一郎(昭和七年三月五日生)は、申立外石塚花(昭和四年一〇月二七日生)と昭和三一年一二月一二日婚姻届出をして法律上の夫婦となり、同女との間に長女加代子(昭和三一年一二月六日生)、長男正(昭和三六年一一月二二日生)、二男弘光(昭和四二年一月一〇日生)が出生したこと、陽一郎は、昭和四三年六月頃妻花と三人の子を残して家を出、申立外長島静子と同棲していたが(これに反する青山陽一郎の供述は措信しがたい。)、昭和四八年六月頃、与那国町で抗告人の母松原敏子(昭和二六年九月一二日生)と知りあうに及び、同四九年六月頃からは敏子と同棲するようになつたこと、抗告人は、昭和五〇年三月二四日に右陽一郎と敏子の間に出生し、現在まで両名に養育されていること、右三名は、陽一郎の転勤に伴い、昭和五〇年四月沖縄本島に移住し、現住所で共同生活を営んでいること、陽一郎は、昭和五〇年四月三日抗告人を認知し、敏子と共に同月八日協議により親権者を父と定める旨の届出をしたこと、陽一郎は、抗告人が父の氏を称しないことによる社会生活上の支障と抗告人の将来を慮つて本件申立をしたこと、陽一郎および敏子は、花らの反対があつても抗告人に陽一郎の氏を称させることを希望していること、他方花および如代子は、抗告人の氏を変更することにより、陽一郎の婚姻外関係を正当化もしくは補強し、また長男及び二男の将来へ悪い影響をもたらすことをおそれて本件氏の変更に反対していること、もつとも花は、この反対により、現在まで続いてきた陽一郎からの扶養料の給付や同人との婚姻関係そのものの断絶を導かないかを懸念していること、以上の事実を認めることができる。

三  おもうに、民法七九一条による未成熟の子の氏の変更についての審判においては、単に子と父又は母とされる者との身分関係の存否及び氏の異同について審案すれば足りるというものではなく、子の氏の変更による子の福祉を諸般の事情から慎重に考慮してその許否を決すべきである。とりわけ、本件の如く、子が非嫡出子であつて、子の父の妻と嫡出子とが、右子の氏の変更に反対しているときは、氏が単純な個人の呼称以上の性質をもつことから、家事審判法一条にいわゆる「家庭の平和と健全な親族共同生活の維持」という斯法の目的たる観点を忘れてはならない。しかし、このことは、同条にいう「個人の尊厳」に根ざすところの非嫡出子の福祉を基本として許否を決すべきであるとの大前提を動かすものであつてはならず、あくまでも子の福祉を慎重に考慮する際の一事情としてとりあげるにとどまるものと解するのが相当である。

四  以上によつて本件をみるに、前認定のとおり、未成熟子たる抗告人がその父母である陽一郎、敏子と共同生活関係にあり、その監護養育をうけているのであるから、かかる場合は、子にとつて同居中の父の氏を称することが、その福祉のために望ましいものであることは他言を要しないであろう。成程陽一郎と敏子とは、婚姻外の関係にあり、本件氏の変更の許容が両名の生活関係を正当化し、延いて陽一郎と花との婚姻関係の破綻を促進しかねないとの懸念は、首肯し得ないわけではないが、これは、多く氏と戸籍についての誤解に発するものと考えられる上に、本来夫婦間調整の問題として別途に解決されるべき事柄であつて、少くともそのことを理由に、本件氏の変更を拒む筋合にはないといわなければならない。

もつとも、花及び加代子が、本件氏の変更に反対する理由は、前認定に徴すると、右の懸念やいわんや感情的反撥などと断定し難いものがうかがわれる反面、あくまで反対なのかどうかも疑問である。一方、抗告人の福祉のとりでともいうべき陽一郎と敏子との共同生活関係の持続性については、未だ確認し難いふしがあり、またわずか生後四箇月の乳児である抗告人にとつて、今直ちにその氏を父と同一にしなければ、現在及び将来の社会生活上不利益を受ける事情にあるとは通常考えられない。

五  原審は、これらの点に鑑み、よろしく陽一郎、敏子、抗告人の共同生活の実態、陽一郎をしてこの機に本件氏の変更を申立てることを促した直接的具体的な事由、陽一郎と花との婚姻関係における破綻の程度とその原因、花及び加代子の本件氏の変更に反対の現実的な理由とその度合、本件氏の変更がもたらすであろう花、加代子、正、弘光への影響等につき、さきに三に説示したところを配慮しながら、慎重に検討すべきなのに、ことここに出でず、陽一郎、敏子の婚姻外関係への加担を警戒するの余り、本件氏の変更の申立を却下したのは失当といわなければならない。

よつて、本件抗告は結局理由あるに帰するので、家事審判規則一九条に則り、原審判を取消し、更に審理を尽させることとして本件を原審に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高野耕一 裁判官 大城光代 前原正治)

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